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第八十一回「兵と墨Ⅳ」~名将との対話

 毎週日曜、私は食卓のテレビを1時間独り占めする。

 この時ばかりは子供に譲らない。大人げないが、譲れない戦いがここにある。

 それは家内はもちろんのこと、子供たちもわかっていて今となっては何も言わない。

 だが「どうせ、言っても聞かない」というのは違う。

 家内も、子供たちも段々面白くなってきたのだ。

 …そう、真田丸が。

 

 

 

 …六文銭が翻る和気橋を渡って階段を上ると、そこには茶臼山の緑が広がる。

 そこから少し行くと、大坂夏の陣の布陣図がある。

 徳川方155,000、対する豊臣方は55,000。

 約三倍の兵力差ではあったが、真田信繁(幸村)は徳川方最強の松平忠直15,000を向こうに回し、突撃を繰り返し、3度目の突撃では徳川家康の首を取る寸前のところまでいったという。

 

 「すごいな。」

 自分だったらできるかと問うが、とてもとても。ただ嘆息するしか他ない。

 

 夏の陣で信繁の戦いぶりを目の当たりにした初代薩摩藩主、島津忠恒は以下のように信繁を評している。

 

 真田は日本一の兵。真田の奇策は幾千百。

 そもそも信州以来徳川に敵する事数回、一度も不覚をとっていない。

 真田を英雄と言わずに誰をそう呼ぶのか。

 女も童もその名を聞きて、その美を知る。

 彼はそこに表れここに隠れ、火を転じて戦った。前にいるかと思えば後ろにいる。

 真田は茶臼山に赤き旗を立て、鎧も赤一色にて、つつじの咲たるが如し。

 合戦場において討死。古今これなき大手柄。

 

 もう少し丘を上ると、真田信繁の格言が並んでいる。

 その中に信繁の辞世の句と呼ばれるものがあった。

 

「定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候。我々事などは浮世にあるものとは、おぼしめし候まじく候。」

(筆者訳:この世は無常でありますから、一日先のこともわからないものです。ですから、私たちのことなどはもうないと思ってください。)

 

 大坂夏の陣に臨む直前に信繁が送った書状の中にこの句があるという。

 もうこの時すでに死ぬ覚悟ができていたのだろう。

 

 逆に言えば、死ぬ覚悟がなくして、信繁は圧倒的兵力差をはねかえし、徳川本陣に迫ることもなかった。

 

 また信繁は道明寺の合戦の大敗でも、伊達政宗を相手に一番危ない殿(しんがり)を務めている。

 殿は撤退する味方の盾となり一人でも多くの味方を退かせるための決死の役割。

 (これまた死ぬ覚悟がなければできまい…。)

 

 「その時、関東勢百万も候へ、男は一人もいなく候、と叫んでやったわ。」

 

 振り返ると、武士が二人。

 ただ鎧のかたちが明らかに違っている。見るところ、1人は日本の武士、もう1人は李朝の武将と見た。

 

 赤備えの方が言葉をつづける。

 

 「戦は死ぬ覚悟がなくして勝てぬ。ゆえにわが家紋は三途の川の渡り賃の六文銭よ。

 何にせよ、今の日本にその気概がある若武者がおるか。」

 

 「ただ今はあなたがいた戦国時代とは戦いのかたちが違います。現代戦では肉弾戦はほとんどなく、高度な兵器を有するか否かが戦争の勝敗を決するようになっています。つまり、死ぬ覚悟はそれほど求められないかもしれません。」

 

 「おぬしはまだまだ戦を知らぬようだ。戦は武器がするのではない。あくまで…

 

 人がするものよ。かといって、精神論ばかりでもだめなところが肝心。」

 

 「そうじゃ。」

 

 黙って聞いていた横の武将がおもむろに口を開いた。

 

 「必死即生 必生即死、死ぬと思えば生き、必ず生きようとすれば死ぬ。これが戦場じゃ。

 でも今は自分だけは生きようとするものが多すぎる。それでは戦争はできん。」

 

 長くたくわえた髭を一度さすり、赤備えの方を見た。

 赤備えもうなずいている。

 「もちろん、わしらも自分はかわいいがの。」ほっほと笑う。

 

 ここで1つどうしても聞いておきたいことを聞いた。

 

 「冬の陣、そして夏の陣であなたが敗けた原因を1つだけ挙げるとするならば、何でしょうか?」

 

 赤備えは視線を下に落とし、黙っている。

 それを見て、もう1人の老将が口を開いた。

 

 「まぁ、わしと同じじゃな。上に恵まれなかったのよ。

 それでもそなたもわしも全身全霊の策を立てた。勝つためにな。

 特に真田丸、あれは見事だったわい。兵これ詭道なりを地でゆくものであった。」

 

 「しかし、あなたも白衣従軍という目に遭いながら、よく明梁で勝ちましたね。いや、戦おうという気が起きましたね。」

 

 赤備えの言葉に、老将はまんざらでもない笑みを浮かべながら返す。

 「しかし、わしは運よく勝ち、おぬしは負けた。が、それも紙一重のことよ。

 13隻の船しかなく300隻を迎え撃って勝つなどただ天祐があっただけのこと。」

 

 老将はなお赤備えの武士をまっすぐ見据えて、言葉をつづける。

 

 「それでもな、あえて言えば…真田丸、あれを潰したのが運の尽きじゃ。

 矛を止める盾をなくしてはいかんかったなぁ。」

 

 赤備えは目を閉じ、うなずいた。

 「若武者よ、心して聞け。最後のとりでは死んでも手放すでないぞ。

 負けたくなければな。」

 

 そして一つ息を吐きだした後、言った。

 「ただし、負けたのはわしの力が及ばなかっただけだ。」

 

 どこまでも潔い男っぷり、日の本一の兵とはこういうものかとうなるばかり。

                          合掌

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