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第十五回「チェサ(祭祀)について」

統国寺 崔無碍 編、崔智光 作



△はじめに
 
 まず、チェサの具体的な方法に言及する前に、「チェサをする理由」について触れたいと思います。

 なぜならば、チェサに込められた大事な意義をふまえながら、チェサをするのと、しないのとでは精神面、物質面において大きな違いが表れるためです。

 「アボジ、オモニがチェサをしていたから…」という理由だけでは、チェサは必ず形骸化していきます。
 なぜか?それは…

 人間という生き物は、『理由』~なぜチェサをするのか?~がわからなければ、徐々にそれを軽んじてしまう性質を持っているからです。
 何にするにしても、その長所と短所を踏まえ、自分に対して何のメリットがあるのか?という点を把握してはじめて、人間は一生懸命してみようという気持ちになるものでしょう。 
 従って、まずは「チェサをする理由」について触れ、この次に「チェサの方法」について言及したいと思います。

△「チェサをする理由」

①「徳を積む」

 チェサをしなければならない理由は大きくは二つあります。
 
 一つ目の理由は「徳を積む」という事、そして二つ目の理由は「自分の根っこを再認識する」という事です。
 この二つの大事な課題を満たせるが故に、チェサは一族の繁栄に密接に関わるものとなるのです。

 まず「徳を積む事」がなぜ一族の繁栄を促す事となるのかについて理解するためには、ある「心の性質」をわかる必要があります。
 「心の性質」は大きくは四つあります。が、今回踏まえなければならない性質はこのうちの二つ…

 「心を洗う事(点検する事)を忘れ、ほったらかしにしていると、自然に心の中が垢~『欲』~でいっぱいになってしまう」という性質と「全ての行いは、心によって造られる」という性質です。
 
 最近でいえば、30万人以上の犠牲者を出したスマトラ沖地震がいい例で…

 いい心が多い人は何をしているでしょうか?少し自分の財布の中身が減ろうと…

 募金をしています。実際に被災地に飛び、被害者の救済をしている方達も大勢います。
 が、反面、悪い心が多い人達は何をしているでしょう?

 災害によって、親を失い、孤児になった子供達をさらい、臓器売買や売春目的で売り飛ばそうとしています。

  こうならないためには「感謝する事」と「自分のためではなく、人のために何かをする事」、そして「ざんげする事」を忘れてはいけません。

 そしてこの三つを一度に満たせるものが先祖供養~「チェサ」、「お墓参り」~なのです。

 全ての人の存在は、ご先祖さんなしにはない。

 しんどい人生の中、一生懸命に人生を生き抜き、私達にDNAを繋げてくれたご先祖さんたちに感謝。

 色々ある人生の中、失敗する時も多々ある。そのような時はご先祖さんに手を合わせながら、ざんげ。

 このために少々お金を使っても、お花を買い、お供え物を準備し、お酒を注ぎ、お線香をたくのです。

 ただ故人の冥福を祈って…。

 この行為は一見自分には何の利益ももたらさないかに見えますが、実はこの行為こそが「自分のためではなく、人のために行う事の具現化」、つまり、あなたの心を洗ってくれ、悪が心に満ちるのを防ぎ、結果悪い行いに歯止めをかけてくれます。

 また、この行為は自分の心を洗うと同時に、そのまま自分の子供達への教育となります。

 「この世に自分の力だけで存在していると思い、感謝の心を忘れている人」、「自分だけを考え、人への思いやりが全くない人」ほど、かわいそうな人はいません。

 そういう人は自分のためだけに生きる。もちろん先祖供養などしない。が、ゆえに…

 必ず幸せになれなません。なぜならば…

 「まず人に与える」という思いやりを持たない人は必ず寂しい人生を送ります。

 途中までよくても~特に金の力で~終わりは必ずよくない。いや、そういう人ほど最後はもっと寂しいものとなるでしょう。

 チェサは自分の愛する子供達に「まず人に与える」という思いやりを身を以て示す事ができる教育の場なのです。

 よって「チェサの心」~「感謝する事」、「自分のためではなく、人のために何かをする事」、「ざんげ」~を持ち、一族が団結して、一生懸命にチェサをする事が非常に大切なのです。



②「自分の根っこを再認識する」

 チェサを一生懸命にしなければならない二つ目の理由は…

 チェサが「自分の根っこを再認識できる場」だからです。

 「自分の根っ子を再認識する」というと何か難しい感じを受けますが、これはつまり「ご先祖さんたちがいなければ自分の存在はない。彼らこそが自分の原点であり、出発点である」という事実をしっかりと認識し、彼らを愛し、誇りに思い、改めて感謝する事です。人生は…

 マラソンみたいなもの。しんどい時が必ずやって来ます。

 そしてまた自分の思い通りにはならないものです。これは経験上、みなさん十分おわかりだと思います。

 で、あるがゆえにこのしんどい時を乗り越える術を知る事が非常に大切になってきます。

 この方法を知っているのと知らないのとでは、結果において、天と地ほどの差が出ます。
 この術を知らずに、困難な時に耐え切れなければ、人生の坂道を転げ落ちていくばかりです。
 もっと具体的に言うと…

 苦難の時に、「チェサ」を通じて、しっかりと思い出すのです。

 「ハラボジ、ハルモニ、アボジ、オモニもこのしんどい人生を歩んできたのだ」、と。

 そして、もう一度かみしめるのです。

 「ハラボジ、ハルモニ、アボジ、オモニの血と汗と涙」を。

 この血と汗と涙を思い出して、どうして人生の困難から逃げ、人生をあきらめ、人生を無為に過ごす事ができるでしょうか。

 こうすることによって、困難に立ち向かうエネルギーをご先祖さんから頂く事ができます。

 そして次に再認識しなければならない事は、自分に課せられた義務です。この義務とは…

 「ご先祖さんたちが繋いでくれたバトンを次世代に繋ぐ事」です。

 ご先祖さんたちのDNAは私たちの中で生きています。

 が、故に私たちの命は私たちだけのものではなく、決して自分勝手にこの命を使ってはならないのです。

 ちゃらんぽらんに生きず、しっかり生き、自分に生まれつき課せられている「義務」~生命のバトンを繋ぐ事~を果たせねばならないのです。

 この義務を子孫達が忘れないために、ご先祖さんたちは智慧を使い、この「チェサ」という方法を編み出されたのでしょう。

 ちなみに、この世で最も長く残るもの、即ち子孫達に代々残せるものは、ただ一つ…

 精神のみです。

 物質~お金も、ダイヤも、車も時とともに、特に必ず訪れるしんどい時間とともに失われていくもの、ましてや同じ時代に暮らす事のできない子孫達がしんどい時の助けとはなりえません。

 これは、栄枯盛衰を繰り返す歴史を観れば顕著な事実でしょう。

 子孫を助けるには「精神」を伝えるしかないのです。

 この精神を残す、伝えるという観点からも「チェサ」は素晴らしい方法なのです。



△「チェサの方法」


-「家々礼」

 さて、前置きが長くなりましたが、次は具体的なチェサをする方法について触れたいと思います。

 大切な事はチェサを行うにあたって大前提を知ることです。

 それは…「家々礼」です。

 これはチェサの方式は家々ごとに違うという意味です。

 この大前提をわからないがゆえにチェサをするにあたって「あれがない、これがない。これはいらない、あれはならべない」とよくケンカが起こってしまうのです。

 オルシン(長者)がおられる場合、オルシンの指示するとおりにチェサパンチャン(供物)をお供えし、チェサの順序、方法もオルシンの指示に従って行うのが一番いい方法なのです。

 この「家々礼」を踏まえ、自分のチェサを行い、他人の家のチェサに参加する事が大切です。

 この大前提を踏まえながら、チェサを進めていけばいいのですが、オルシンがおられず、どうしてもチェサの方式でいつももめてしまうという方もおられるでしょう。

 そういう方のために、一応昔から一般的に決められている方式もご紹介しておきます。


-「祭壇の作り方」(陣設)

①神位は北とする

 北を背にして、南に向くように祭壇を配する事が大切です。もし、家の構造上これが難しければ、屏風を祭壇の後ろに置いてください。屏風がある方向が北となる故に、こうすればこの問題は解決されます。

 ちなみに朝鮮の祭壇の作り方は陰陽道に多くの影響を受けています。

②男左女右

 アボジとオモニ(ハラボジ、ハルモニ)のお位牌や紙傍(チバン)を一緒に置く場合、男のお位牌が向かって左、女のお位牌が向かって右になるようにしなければなりません。日本の方式はこれと全く反対になります。

③飯左羹右

 ご飯を向かって左、おつゆを向かって右に供えます。

④魚東肉西

 魚類は向かって右手、肉類を向かって左手に配膳します。

⑤頭東尾西

 魚などをお供えする時は、頭の方を東(向かって右)に向け、尾が西に向くようにする。

⑥左脯右醢

 向かって左手にミョンテなどの干し物を配し、向かって右手にはシッケ(甘酒)などを配する。

⑦棗栗柿梨

 果物に棗、栗、柿、梨がある場合は棗→栗→柿→梨の順で並べる。

⑧紅東白西

 果物やナムルを供える時は赤色をした物を向かって左に配し、白色をした物を右に配する。

⑨同じ種類の供え物は奇数にする。

⑩調味料として唐辛子、果物として桃は用いない。


-「供養の方式」

 以上が祭壇を作る際の一般的な決まりです。

 次によくわからないという質問が来るのが、葬儀後の供養のしかたです。

 これにも言及しておきたいと思います。

 在日コリアンにおける供養の方法は大きくは三つの方法があります。

 ①儒教式(在来式)、②仏教式、③キリスト式です。が、キリスト式については今回言及しません。



①儒教式(在来式)(表2参照)

 葬儀の後、まず行うのは虞祭です。本来は初虞、再虞、三虞と分かれていましたが、今はまとめて葬儀後、家に帰って行うのが普通です。

 次に虞祭を挙行後、月替わりの一日の日に朔祭、十五日の日に望祭をします。

 これも今は一日の朔祭の日に一度にまとめてしてしまうのが普通です。

 次に卒哭という儀式を亡くなって三ヶ月目に日を択んでします。この儀式にはその文字の通り、泣くのを止めるという意味が込められています。

 そして一般的に亡くなって一年を迎える前日に小祥を挙行します。

 亡くなって二年目には大祥、大祥後、三ヶ月目に日を択んでタンジェという儀式をします。

 しかし、現在では少祥の日に大祥とタンジェを併せて行う(合祭)する場合が増えてきています。

 この後の命日の前日のチェサを忌祭と呼びます。



②仏教式(表2参照)

 葬儀後、まず行うのは初七日です。本来ならば亡くなって一週間後にするものなのですが、遠くから来ている親戚もいるため、葬儀が終わり、荼毘に伏し、お骨上げが済んだその日の内に初七日をする場合が多いです。初七日後、七日ごとに供養を計七回します。(二七日~四十九日)

 この間、一番いいのは七日ごとに供養をする事ですが、どうしてもみんな忙しく参る事が難しい場合は四十九日だけしてもいいです。

 ここでよく聞かれるのは四十九日の供養が三月にまたがるとよくないので、供養を35日であげたいというお話しです。これは一般的には供養をするのもままならない貧しい百姓達のために、「始終苦(四十九)が身につく」といけないからという方便から始まったとされています。がゆえに、基本的には三月にまたがる事は悪い事ではありませんので、できれば四十九日まではしっかりと供養なさるのがよいかと思います。

 四十九日が終われば、基本的に喪明けにする場合が多いです。

 この後、月ごとの故人の命日に供養をしていきます。(月命日)

 次の供養は亡くなって百日目に行う百日供養、一年目に行う一周忌、二年目に行う三周忌となります。



※在日コリアンに適した供養方法

 在日コリアンはコリアンでありながら、日本で暮らしているというとても特異な環境にあるので、儒教式や仏教式をうまく組み合わせて、供養するのがいいと思われます。

 例えば、四十九日までは仏教式に従い供養し、四十九日で外向けに喪を明かします。これによって、仕事上の付き合いや冠婚葬祭儀式に参加する事ができるようにするわけです。しかし内々では少祥・大祥・タンジェの合祭が終わるまで喪明けを宣言せず、月命日や朔祭などの供養を続けていくのです。

 そして一年経って~少祥・大祥・タンジェの合祭の日を終え、内々の喪も明かすのです。

 こうすれば、一般的に毎日仕事がある現状にも対応でき、かつ在日コリアンの複合的な文化ゆえ、多種多様な意見が出て、どうにもまとめにくい供養の方式もまとまりやすくなると思います。

 もちろん、ご親族で話し合われた結果、儒教式のみ、仏教式のみ、キリスト教のみに則って供養なさるのもいいと思います。

 

合掌 

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